「なにニヤニヤしてんだよ」 声をかけられて顔を上げるとハインリヒが戸口に立っていた。トーストの皿とコーヒーカップもそのままに食卓に頬杖をついていたジョーが笑い顔のまま「あれ」と目で示した先には、青い顔のジェット、グレート、そして顔色は良く分からないもののぐったりした様子のピュンマがいる。そしてその後ろには目を三角にしたフランソワーズ。 「広いんだからちゃっちゃと済ませてくださいね！ 」 「分かったから……。そう怒鳴らないで……」 「あーら、大変ね！ 二日酔いなの？」 ことさらに響く声で朗々とフランソワーズは指示を出す。やれそこの床に拭き残しだの、やれガラスの曇りが取れていないだの。 「あいつら、あのままだったのか？」 「そうみたい。話が積もっちゃったんだね。朝、フランソワーズに捕獲されたみたいだよ」 そう言ってジョーはくっくっくと肩を震わせる。ハインリヒは呆れ顔をしながらコーヒーをカップに注いだ。 「どうして懲りないかね。今年はピュンマまで。付き合いの良い奴だよ」 クリスマスは恋人達のものでも、「正月」という行事はなんとなくみんなで過ごしたい。そんな感じでなんとなく毎年年末に集まって、集まれば話に花が咲き、酒は進み、夜はふける。かくて朝には屍累々。最初はやさしく起こしていたらしいフランソワーズもやがてネクロマンサーとなって大号令をかけ、哀れゾンビは使役へと。 そんな彼らを笑いながら眺めつつ、ジョーはふとつぶやいた。 「今年も、色々あったね……」 なべて平安とは言いがたい年。青い顔をして掃除をしている場合なのか。すっと曇る眉に、ハインリヒはコーヒーをすすりながら応えた。 「お前のせいじゃない」 ぷんっと弾かれたようにジョーは背筋を伸ばした。ハインリヒはジョーのトーストを引き寄せながら続けた。 「俺達は俺達の出来る範囲のことをするんだ。普通の人間として、出来る限りのことをな。それでいいんだよ。世の中の全てはなるようにしかならない」 「でも……」 「『でも、なんとかしたい』。できる限りで何とかすれば良いんだ。だが、忘れちゃいけない」 トーストを飲み込んだハインリヒは、ジョーを見つめて言った 「身近な人間を幸せにしてこそ、だ。まずはそれからだ。それを忘れるな」 「ハインリヒ……」 「一番難しいぞ」 にやりと笑う彼に、ジョーはちょっと情けなさそうに微笑んだ。と、そこへ声が飛んできた。 「二人とも、早く食べてよね！ まだまだ残ってるんだから！」 二人は、「だから、大声をだすなってば」と情けなさそうな３人を気の毒そうに見やり、それから笑い、言った。 「幸せの第一歩は大掃除からかな」 「そのようだな。どれどれ、始めるか」 今年の汚れは今年のうちに。新年を清清しく迎えるために、彼らは大掃除に立ち向かうのであった。 良いお年をお迎えください。 −了−
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